インナーチャイルド

〝家系のカルマ〟というのが、我が家にはありました。

代々受け継がれたこの呪縛は解かれることなく、同じ傷を負った者同士であった父と母は、利害や建前、体裁に重きを置き、条件つきの結婚をします。

傷みを抱えたままのふたりは、愛情を感じたくても、愛をどう与えればよいのか、どう受け取ればよいのかがお互いにわからず、更に傷つけ合うばかりでした。

やがて、何かの拍子に刺激される傷みは、子どもへと向けられ、それを当時は〝躾〟と呼びましたが、今で言う〝虐待〟というものでした。

そして、この連鎖は私へと繋がり、止めなければ終わらないことに気づいたのは、次女が2~3歳の頃でした。どうにもこうにもコントロールの効かない感情に襲われ、葛藤を抱くのです。

その頃、〝インナーチャイルド〟(内なる子ども)を知り、傷ついたままの幼い私が心に在ることを自覚します。

私は恵まれていたのだと思います。話を聞いてくれる人や、手を差し伸べてくれる人、インナーチャイルドについて詳しく教えてくれる人もいましたし、環境にも守られていたからです。

ではでは‥。だからと言って娘たちは、母親である私に傷つけられなかったのか?と言えば、そうではなかったと思います。

娘たちは、ある時はお姉さんのように、またある時は妹のように、私のインナーチャイルドに寄り添い癒してくれる存在でしたが、私は葛藤の最中〝無〟に徹して娘たちを寄せつけませんでしたので、心は傷つけていたと思います。

娘たちも大人になり、対等に話すようになると、思い出したかのように母親(私)へのさまざまな想いを打ち明けるのですが、それらすべてに耳を傾けて聴くように意識しています。それが娘たちにとっての感情解放に繋がると信じて、当時私が抱いていた気持ちも包み隠さず伝えるようにしています。

〝自分〟を乗り越えると、意識は社会へと向き始めました。たくさんの子どもたちに携わる仕事をしていると、感情表現が出来ずにいる子どもたちが実に多いことを知るのです。それに伴って、ソウルワークに繋がる生きる意味に気づくことが出来ました。

経験をもって寄り添うとは「今ここ」なのだな‥と、ようやく辿り着いたばかりです。

不思議なことに娘たちも、子どもに携わる仕事や進路を選択し取り組んでいるところですが、頼りになる先輩であり後輩のような関係を築いています。

今だからわかるのは、私の両親は愛情がなかった訳ではありませんでした。〝恐れ〟に支配され、表現の仕方がわからなかっただけでした。

両親はインナーチャイルドそのものだったからです。