表面化した現実から目を逸らさない

今朝の札幌
何もかもを洗い流してくれるような
浄化の雨が降りました

耳を澄ませば
雨音の心地好さと共に
潜在意識の領域に入ってゆけそう

時間が経つにつれて青空は広がり
空気が澄んで気持ちが好いです

何処かに虹がかかっているかもしれない
そう思うと幸せな気持ちになります


「今」において
生きることに辛さを感じている人が
たくさんいるのを感じています

エネルギーに敏感なかたですと
「今」がこれまでの枠組みを融解していること
殻を破って「今」まさに変化を受け入れようとしていること
飛び立つ準備が整っていたり
既に新たな領域で生きていることを
感じ取られているかと思います


“自立”とは
自分と向き合うことにより”自分”を知り
自分の一部である光と闇を受け入れ自己統合し
本来の自分が望む現実的な使命に取り組む
これが自分自身の”自立”です

3次元的な枠に組まれた
経済的なこと
自活すること
社会的なこと
これらは
自分自身の”自立”のあとからついてくるものです

いくら外側を取り繕っても
中身が空っぽでは
行き詰り
何かしらの障害が生じるものです

Photo by HaLu

自分軸を生きよう
生きてゆきたい

そう思えば思うほどに
これまで当たり前だと受け継がれてきた
他者在りきの評価や条件付きの愛に
苦しさを感じるようになります

変化の時は
苦しさや辛さを伴うものです
孤独や疎外感を抱くかもしれません

ですが
そろそろ”卒業”する時を迎えている・・
自分にとって喜ばしいこの感覚を
受け入れられると
一歩を踏み出す勇気が湧いてきます

“ありのままの自分”を表現することは
“わがまま”ではありません

立ち止まったままでは
何も始まりません

それぞれの在り方

Photo by HaLu

毎年恒例、家族で美瑛日帰りツアー。

このご時世・・というのもありますが、今年は「撮りに行きたい!」という熱が冷めたみたい。予定を立てていません。

けれど。日帰りバスツアーなんてあったら、ひとりで行ってみたかったりする。

今はひとりを楽しみたいのだわ私。


娘たちが幼い頃は〝夫婦は一緒〟〝家族はいつも一緒〟みたいなところがありましたが、ここ数年でそれぞれの在り方が少しずつ変化して、今は自分自分を大切に生きています。

親の私たちは成長する機会を与えられたのだろうなあ。どこか凝り固まった観念がありましたから・・良い意味で、娘ふたりはぶち壊してくれたのですね。

ある〝境界線〟を突破した感。

無きにしも非ず。です。

10月21日水曜日

Photo by HaLu

しばらく行けていない佐藤珈琲さん。

自宅から離れているうえに駅からも歩くので、遠のいていたのですけれど・・

そろそろ行けますようにっ!という願いを込めて、懐かしのフィルム写真を引っ張り出してみる。(大丈夫。重い腰を上げさえすれば、いつでも行けるはずよっ!)


昨日は資格証の写真が必要になり、札幌中心街まで出掛けて来ました。

お空が穏やかで、ポカポカ気持ち好かった。

ちょうどお昼時だったので、札幌ステラプレイスの3Fにあるハンバーガーのお店に入ったのですけれど、お肉が苦手なのでオーダーしたのは〝アボカド&シュリンプサラダ〟と、〝キャラメルオレ〟。

アボカドが入っているというだけでも大満足だと言うのに、ソースがとっても美味しかった。

電気ポットが壊れて数ヶ月あまり。最近、四角くて真っ白なのを購入しました。

これひとつ我が家に増えただけで、リビングの模様替えを決行。昨日帰宅してから今日も引き続き、あっちに移動しこっちに移動し、落ち着かないのに楽しい。

2年前に今の家に引っ越しした際、家具をじゃんじゃん処分したので、模様替えと言ってもアレなんですけれど・・(ここ2ヶ月ほど、更に処分して空っぽに近いのですよ〜何に駆り立てられているのやら)。

とにもかくにも、部屋の中の空気の流れが変わるようで新鮮。

長女はこれに味をしめて、あれもこれも捨てたがっていますが・・中には夫に要相談という物があって、もどかしい。

いつでも「今」この瞬間が原点

最近子ども達に「これ読んで。」とお願いされて、絵本の読み聞かせする機会が多いのです。

どんどん惹き込まれてゆく真剣な表情。キラキラした瞳がすごく可愛い。


コンプレックス

実は、子どもの頃から〝声〟に大きなコンプレックスを抱えていました。ハスキーでしたから、顔が見えない電話口だと男の子に間違われることが度々あったのです。それはもう子ども心に傷ついていました。

ところが。ハスキーだと信じて疑うことがなかった声ですが、そうではなかった事実を後々知ることになります。

確かに子どもの頃は低くてハスキーだったのですよ。以前にもお話した「親との関係性」→「泣く」→「声が潰れるほど泣く」→「かすれてしまった」。これを繰り返していたので、「一向に治らない」→「思うように発声出来ない」というループにハマっていた訳です。

声を男の子に間違えられたことに傷つき〝女の子〟という存在を否定されたと思い込んでいたので、人前で話すことへの苦手意識に繋がっていたのですね。

〝声〟に留まらず、成長と共に、女の子として私は駄目なんだ・・という感情をどこかで抱いていたことを、更に更に、ずっと後になってから気づくことになります。

〝女性〟という性を受けて生まれながら、生きてゆく上で大きなブロックになっていたのです。

他者にとっては何気ないひと言だったかもしれませんが、本人にとってはとても深い心の傷となって、複雑に絡み合っていました。

ヒプノセラピーとの出会い

ヒプノセラピー(催眠療法)の養成講座の受講は私を大いに悩ませました。

ヒプノセラピーとは、セラピストがクライアントさまを催眠状態へと誘導し、潜在意識に眠るご自分とコミュニケーションをとるクライアントさまに寄り添い、ご本人が課題と向き合い解決してゆく心理療法です。

人前で〝声〟を発することが何より苦手だと言うのに「私どうしてこの講座を受講しているの?と困惑する私って・・一体何?」と思いながらも、潜在意識に触れる学びは楽しくて、のめり込んでゆくのです。

長い間、喉へのブロックがありましたが、ヒプノセラピーは取っ掛かりに過ぎず、その後も興味を抱くのは誘導がメインのものばかりでした。

その都度浮上した感情を癒す・・ブロック解除に繋がる道を無意識に選んでいたのですね。

過去世の記憶

ここでひとつの記憶をお話しますね。

鮮明に覚えている過去世のひとつに〝女性〟という立場と身分の差から、本当の想いを伝えられず、自分の心を圧し殺し、仕舞いには自身の命さえ絶った記憶があります。

「あんな想いは二度としない。二度としたくない。」「自分の気持ちに素直で在りたい。」「例え報われなくとも、愛をもって伝えられたなら後悔しない。」

これを魂の課題のひとつとして、生まれてきました。

〝現世〟での〝過去〟であれ、〝転生前〟の〝過去世〟であれ、人はそれらの経験から得られる知恵や知識を潜在的に記憶しています。

経験を活かすことで、より視野が広がり、多角的に物事を捉えられるようになると、人は自分らしい生き方を見つけやすくなります。

振り返ることは、時に辛さを伴うことがありますが、時間を経て見えてくるもの・感じるものは「今」に在るからこそ、受け入れられるのでしょうね。

いつでも「今」この瞬間が原点です。

喉のブロックを解除

今は伝える必要があることは、愛をもって伝えられるようになりました。例えその瞬間お相手に受け入れられないとしても、どう捉えるかは自由なのですから、誰かの反応に恐れることがなくなりました。

このブロックが解除されるまでに10年ほど掛かりました。〝10年〟という響きは長いですが、その時々の課題は小さな一歩の積み重ねだったので、ひとつひとつを乗り越えてゆくのに無我夢中で、あっという間でした。

声色は、成長と共に随分変わったようで、ハスキーだったことを信じてもらえません。両親にも言われますが、それってどうなのかしら?と思うのですけれど笑

綴ることは心の整理整頓

ところで。ブログはかれこれ18年程続けています。その時々のライフスタイル・ライフワークに直結する内容を綴ることで、〝今〟の心を〝整理整頓〟し、感情を〝手放す〟というのを繰り返してきました。

私のブログはセルフ・セラピーみたいなものなので、更新もまちまちですし面白さはないですが笑(←自分で笑うしかない) いつもお読みくださり、ありがとうございます。


そして。はじめに戻りますが・・

絵本の読み聞かせを通して、解き放たれた「今」の自分を感じられるのは、気づかせてくれた子ども達からのギフトだと思っています。

みんなありがとう。

いつも在るもの

これだけは譲らない、譲れない。譲ってもいいけれど、譲るようなものでもないし。

〝譲ったところで無くならない。〟そんな大切なものが在ります。

誰にも在る大切なもの。それがどのようなカタチであれ。カタチが無くとも。

ところがある日のこと。そう信じて疑うことがなかった大切なものが、一気に崩れゆく瞬間を体験したのです。

正確には全崩壊には至らず、ギリギリ土台が残っておりましたが・・

すべては嘘だったの?・・いいえ嘘さえ幻なのだ!とわかっていながら、いつも平常心で過ごす自分には珍しく、奈落の底に落ちてしまった心境でした。

落ちちゃったので「しばらくここに留まってやる!」と、どっぷり浸かってみたのですよ。浸かったついでに泳いでやろうか!とさえ思ったほどで。ヤケっぱちです笑

すると。「そうヤケにならず、落ち着きなさいよ。」と言わんばかりに、サインがあちこち転がっているのです。それでも素直に受け入れられない私を見兼ねて、更にサインは送られてきます。仕舞いには、立て続けに飛び込んでくるものですから、意地っ張りに疲れて諦めました。

敢え無く降参。

「〝譲ったところで無くならない〟と言うそれを、あなたは貫き通せるのですか?本気ですか?」と投げ掛けられたのですね。

これぞ〝お試し〟という揺さ振りでした。時に「意地悪だなあ。」と思いつつも、軌道修正掛けられて、自分軸を確認しているかのよう。

抵抗しても無駄なのだなあ・・と、改めて思うのでした。

10月10日土曜日

先日美容室のあと、カルメル堂さんへ寄り道。

以前から静かなカフェでしたが、全てがおひとり様用の座席になってから、更に静かな空間が心地好い。

シナモンアップルトースト。とっても美味しかった。


今日は子ども達と、大縄跳びをぐるんぐるん回したり、跳んだり走り回ったりしたので、明日は早起き出来そうにありません。

お寝坊します宣言!しておこ

Photo by HaLu

寄せては返す波のよう

勤務時間調整のため、今年いっぱいはお休み多め。今日は仕事ですが、その前にちょっと綴ってみようかしら。

おかげさまで時間に余裕があって、自分に必要だなあ‥とか、これ好きだなあ‥ということにチャレンジ出来ています。

そうなの・・もしもあの時、前に進まなかったら、私に〝今〟はなかったなあ‥って、いつも思うのですよ。

私にとって〝見て見ぬ振り〟をすることは、自分に〝嘘〟をつくことで。それは自分への拷問でした。

子どもの頃、無条件に愛を注いでくれる‥それを疑いすら抱かなかった存在から〝嘘〟を強要された苦しみや、〝見て見ぬ振り〟された悲しみが、どれほど残酷か。その傷みを、私さえも見て見ぬ振りしていたのです。

出来るだけ触れないように、この感情が暴れ出さないように、子どもの頃から上手く閉じ込めていました。

数年前に身を置いた環境は、眠っていたその感情を刺激する場所でした。はじめからそうだった訳ではなくて、見せないように取り繕われていたし、私も目の前のことでいっぱいいっぱいだったのです。

ですが次第に〝見て見ぬ振りする私〟に抑圧された〝傷ついたままの私〟(インナーチャイルド)が泣きはじめました。

矛盾する〝顕在意識〟と〝潜在意識〟。

外側で起こる出来事は私を刺激し、それがサインとなって感情解放を促しはじめたのです。

人は、知らず知らずのうちに、さまざまな感情を背負ってしまっているのでしょうね。そして、なかなか気づきません。とても苦しいはずなのに・・苦しいからこそ〝心の声〟に耳を塞いでしまうのですね。

葛藤に押し潰されそうで、いよいよ崩壊寸前。落ちるところまで落ちると「もういいや!」なんて、半ば投げやりだったのか‥それとも空っぽになってしまったのか・・

思考フル回転しているうちは余裕がなくて真っ暗闇でしたが、潜在意識に揺ら揺らゆだねてみたら、手の内に光を見つけたのです。

解決策は至ってシンプルでした。孤独と疎外感は免れませんでしたが、後悔はありませんでした。どこか清々しささえ感じていましたから。

そして今から数ヶ月前、それまで築き上げてきた現実が崩れ落ちてゆくと共に〝その場所〟とはサヨナラしています。

私の役目はそこまででした。一切の関わりを絶ったのでその後は知りません。知る必要がないのでしょうね。

なぜかって、自分に必要な感情と向き合い、解き放つことが目的だったからです。

別の観点からこの問題に向き合おうとしていた人がいたとしたら、私はその人にとってはお題に火をつけて炎上させる〝脇役〟に過ぎなかった‥ということです。

私はたまたまその役どころが適任でした。この問題と向き合うことが、私自身の目的を達成するまでの過程に必要であったからです。

事実、火をつけたら1ヶ月後に立ち去っています。しかも、次なる目標を掲げて環境を変えています。

魂を成長させることが転生の理由なら、絶妙なタイミングで環境や状況、人に巡り合うように設定されているという訳です。

今回私は感情を昇華したことによって、次なるステージへと歩みを進めることが出来ましたが。

あの環境下において、その後もその場所で学びが必要な人もいるでしょう。誰かのサポートする役割がある人もいれば、今は抵抗している人もいるのでしょう。

すべては、自分が選んだ〝今〟です。必要であるから〝今〟に在ります。

〝抵抗〟は、気づけるまでの繰り返し起こる感情に過ぎません。

感情って、なんだか寄せては返す波のようですね。

ゆだねたら、きっと楽になります。

自分を映す鏡

先日綴った「空き容量」という記事をご紹介してくださったブロガーさんがいらして・・

私がいつも感じていることを「何とシンプルに表現されておられるのだろっ!」と感動しました。

共感してくださり、とっても嬉しいです。ありがとうございました。

自分のことはおこがましくてブロガーなんて呼べないですが・・・。この Word Press というソフトを使って…

「無」が見えますか?

これまでの〝場所〟は、趣味を表現するのに最適だったのですけれど、もっと深く、自分について〝何か〟を求めていたように感じます。

それを表現するのなら「ここではない別の場所かもしれない。」‥そんな気持ちを、あの頃いつも抱いていたのです。

そしてタイミングが重なり、今から1ヶ月程前にWordPressへの〝お引っ越し〟へと繋がりました。

エンパスという資質からエネルギーにとても敏感で、それがブログであっても書き綴る人の波動を感じ取ってしまうので、読ませていただく時はスイッチOFFにして乗り込みます。(気合いは入っていません笑)

OFFは〝無〟ということです。〝OFF〟してアンテナがキャッチするのをお休みするイメージ。

ところが、私のほうがOFFであろうが、心に響くものはどんどん沁み渡って(壊れたスイッチ汗)、その綴りから放たれるその人の周波数を感じるのです。

もちろん、響いてくるのは明るいものばかりではありません。明るく書き綴られた向こう側に、悲しみや苦しみといった感情を感じることもあります。

〝人は自分の鏡〟と言いますものね。共振・共鳴し向き合うことで、自分の感情を見つめるチャンスが与えられます。

こんなふうに、リアルな接点がないブログの世界であっても、内容を通して受ける感覚や、湧き上がる感情によって「今」の自分がどんな状態なのかに気づくことが出来ます。ノンリアルであるからこそ摩擦的感情の無い状況から生まれる、純粋な感情にも気づかされるのですね。

外へと発信しているかのようでいて、伝えたい相手は〝自分自身へ〟なのかもしれません。

┈ 追記 ┈

ところで。スイッチON・OFFですが。どんな時に〝ON〟にするか?と言いますと、勤務中が最も多いです。ほぼONにしっ放しです。

こんなに敏感な感覚は要らないとさえ思っていましたが。

影響を受けやすい子ども達の感情に寄り添うには、このツールはとっても必要なのだなあ‥と、感じています。

心に寄り添う秋

窓を開け放って空気の入れ替え
ティートゥリーのエッセンシャルオイルを
ディフューズしてリフレッシュ
落とした珈琲の香りに
ホッと癒されリラックス
朝のルーティン

今日は夕方から冷んやりとしてきたので
暖房つけています
このポカポカ感
懐かしい
忘れた頃にやって来る
寒がりには堪らない温もりだったのだワ
そういえば
近所の公園は
赤や黄色の落ち葉が
彩り綺麗にちりばめられています

11月にオンライン講座を受講します。

まん丸1日掛かりの受講 × 5日の短期集中コース。

私は受付のお姉さんに野暮な質問をするのです‥「お昼ご飯とか、その~‥御手洗いとか‥どうするんでしょ?」と。

案の定クスッと笑われましたが、優しく「大丈夫ですよ。お昼休みも休憩時間もありますから、安心してくださいね。」と言われました。

本気でホッとした自分は、本気で不安だったということを知るのでした・・

ところで、オンラインって‥どうしたらヨイのでしょ?・・ということで、職場でバイトしている大学生さんに質問攻めして、理解。便利な世の中になったものだわと、感心しちゃいます。(どこから目線なの汗)

あとは職場にお休み希望出したら、準備万端です。

あ・・珈琲豆、買い忘れた泣