寄せては返す波のよう

勤務時間調整のため、今年いっぱいはお休み多め。今日は仕事ですが、その前にちょっと綴ってみようかしら。

おかげさまで時間に余裕があって、自分に必要だなあ‥とか、これ好きだなあ‥ということにチャレンジ出来ています。

そうなの・・もしもあの時、前に進まなかったら、私に〝今〟はなかったなあ‥って、いつも思うのですよ。

私にとって〝見て見ぬ振り〟をすることは、自分に〝嘘〟をつくことで。それは自分への拷問でした。

子どもの頃、無条件に愛を注いでくれる‥それを疑いすら抱かなかった存在から〝嘘〟を強要された苦しみや、〝見て見ぬ振り〟された悲しみが、どれほど残酷か。その傷みを、私さえも見て見ぬ振りしていたのです。

出来るだけ触れないように、この感情が暴れ出さないように、子どもの頃から上手く閉じ込めていました。

数年前に身を置いた環境は、眠っていたその感情を刺激する場所でした。はじめからそうだった訳ではなくて、見せないように取り繕われていたし、私も目の前のことでいっぱいいっぱいだったのです。

ですが次第に〝見て見ぬ振りする私〟に抑圧された〝傷ついたままの私〟(インナーチャイルド)が泣きはじめました。

矛盾する〝顕在意識〟と〝潜在意識〟。

外側で起こる出来事は私を刺激し、それがサインとなって感情解放を促しはじめたのです。

人は、知らず知らずのうちに、さまざまな感情を背負ってしまっているのでしょうね。そして、なかなか気づきません。とても苦しいはずなのに・・苦しいからこそ〝心の声〟に耳を塞いでしまうのですね。

葛藤に押し潰されそうで、いよいよ崩壊寸前。落ちるところまで落ちると「もういいや!」なんて、半ば投げやりだったのか‥それとも空っぽになってしまったのか・・

思考フル回転しているうちは余裕がなくて真っ暗闇でしたが、潜在意識に揺ら揺らゆだねてみたら、手の内に光を見つけたのです。

解決策は至ってシンプルでした。孤独と疎外感は免れませんでしたが、後悔はありませんでした。どこか清々しささえ感じていましたから。

そして今から数ヶ月前、それまで築き上げてきた現実が崩れ落ちてゆくと共に〝その場所〟とはサヨナラしています。

私の役目はそこまででした。一切の関わりを絶ったのでその後は知りません。知る必要がないのでしょうね。

なぜかって、自分に必要な感情と向き合い、解き放つことが目的だったからです。

別の観点からこの問題に向き合おうとしていた人がいたとしたら、私はその人にとってはお題に火をつけて炎上させる〝脇役〟に過ぎなかった‥ということです。

私はたまたまその役どころが適任でした。この問題と向き合うことが、私自身の目的を達成するまでの過程に必要であったからです。

事実、火をつけたら1ヶ月後に立ち去っています。しかも、次なる目標を掲げて環境を変えています。

魂を成長させることが転生の理由なら、絶妙なタイミングで環境や状況、人に巡り合うように設定されているという訳です。

今回私は感情を昇華したことによって、次なるステージへと歩みを進めることが出来ましたが。

あの環境下において、その後もその場所で学びが必要な人もいるでしょう。誰かのサポートする役割がある人もいれば、今は抵抗している人もいるのでしょう。

すべては、自分が選んだ〝今〟です。必要であるから〝今〟に在ります。

〝抵抗〟は、気づけるまでの繰り返し起こる感情に過ぎません。

感情って、なんだか寄せては返す波のようですね。

ゆだねたら、きっと楽になります。