自分が自分を幸せにする力

エッセンシャルオイルの香りにはさまざまな物語があります 植物に関わる歴史は古代にまで遡りますがこの自然療法は人々の身近にあり親しまれ愛されてきました 関わり方は十人十色多岐に渡ります 植物本来の姿や抽出部位から連想させるグラウンディングやセンタリングへの意識を高めたり 潜在意識に眠る本来の自分と向き合うために自ら覆った殻を解かすヒントを与えてくれたり クリスタルやチャクラと繋がる色と共鳴してエネルギーのクリアリングやチャージをサポートするなど これらはセルフヒーリングやセッションなどに活用する私が好きな自己表現の一部分でもあります^^ その時に必要だと感じて手にしたエッセンシャルオイルが気づきを齎らし導いてくれることがあります 例えば香りを嗅ぐ以前の段階になりますが ムエットに一滴垂らそうとして一気に数滴滴り落ちてしまうことがあります そんな時は「よっぽど今の私に必要なんだな・・」「精油が教えてくれたのだな。」そう感じるんです^^ 「もったいない。」より「必要なんだ。」そう捉えるようになった頃から自分が満たされてゆくのを感じられるようになりました 顕著にあらわれたのは「ネロリ」でしょうか その頃はインナーチャイルドセラピーについての学びのピーク時でした 心理療法の学びは自分癒しに繋がります学びながらとことん向き合わされ心の傷口が剥き出しになりシクシク痛むんですが 「ネロリ」は思い込みに縛られ動けずにいる大人の自分と何ものにも囚われることのない自由で純粋な自分が同居しているのを気づかせてくれた香りです 傷だらけになって立ち止まったままの自分とありのままを受け容れられる自分をサポートしあらゆる「色」を持ち合わせた自分らしさを結びつけることで「ひとつ」だったことを思い出させてくれます 根底にはインナーチャイルドの癒しが必要だと感じていたのでどんな自分も赦すことに意識するよう促されていたんですね いつもいつも 目には見えない香りからインスピレーションを受け取ってハートの海に広がるイメージを抱くんです そうして自分の本質(エッセンス)とエッセンシャルオイルのエネルギーが螺旋を描くようにひとつになるのです

春待ち人

熱を出すほんの数日前髪を切りました 以前は長くしたりカール入れたりするのが大好きでしたが 昨年の夏頃でしょうか「もうこの美容室とはサヨナラだな。」そう感じて今の美容室に変えたのと同時にバッサリと切ったのです^^ 長ければ結ったり止めたり誤魔化せるんですけどね笑 短いとそうはいかないので美容室の予約こまめにスケジュール入れてます それよりも何よりもリラクセーション効果があって気持ちが好いトリートメントとヘッドスパがお目当てなんですけどね 段々ともういいかなって思っていて あっどうでもいいのではないんです笑お洒落は大好きです 長さは要らなくなっちゃった…そんな感じでしょうか^^ 娘たちにその話をしたら「そのうち出家するんじゃない?」って笑われました しません笑 昨夜雨音がしたように感じたのですが・・気のせいだったのかな しばらく外に出ていませんが雪解けたのかなと今朝窓の外を眺めたら寒々しい空模様でした やっぱり気のせいだったみたい 3月に春めくのはいつの頃だろ

極限の向こうに在る光に手を伸ばす

どれくらい以来でしょうか・・体調不良でダウンしていました若い頃とは違って身体に堪えますね普段職場で小学生と走り回っているとは言え身体は正直です^^;今週いっぱいおやすみをいただきました 子どもの頃から風邪を引いても転んで膝小僧を擦りむいても母に叱られました 「風邪をひいちゃいけないんだ。」「走って転んで、怪我なんかしちゃ駄目なんだ。」「苦しくても痛くても、我慢しなくちゃ。」 子どもはだって我慢しなくちゃ“嫌われてしまう”だって我慢しなくちゃ“愛してもらえない”そう捉えてしまうんです なんとまあ極端な!と思いますが子どもにはグレーゾーンがありません「0」か「100」なのです「1」から「99」は成長の過程で経験を通して学んでゆきます その学びに寄り添うのは子どもにとって1番近くに存在する大人です 私の母はどうして風邪をひいたら怒るのかどうして怪我をしたら怒るのか“どうして”の気持ちを伝えませんでしたいつも一方的な感情をぶつけていました 私は三姉妹ですが母にとって毎日の育児は大変だったと想像出来ます 人には感情がありますからその日その時の気分によって受け止め方にも変化があります 泣いている我が子を見たくなかったのかもしれませんこれ以上手を焼かせないで!という気持ちがあったのかもしれません仕事をしていましたから時間にも余裕がなかったのかもしれません これまでの家族の在り方を思い返してみればさまざまな想像が出来ます それらは自分にとっての「1」から「99」であるグレーゾーンを経験した「今だから」想像できるのです 大人になった私は理解が出来ても子どもの頃の私は極端に偏る“愛されていない”を信じて「未だそこに在り続ける」のですね これが「インナーチャイルド」という存在です 39度前後の高熱はそれはもう辛くて^^;「私は大丈夫よ!」だなんて家族に心配かけない余裕はひとつもありませんでしたウーウー唸りながらベッドに潜り込むなんて経験は初めてだったんです その辛さの向こう側には光がありました 意識が朦朧とする最中『苦しくても「苦しい。」って言えなかったよ』…とか『痛いのに「痛い。」って言えなかったよ』…とか子どもの頃の不安な声がお腹の奥のほうから響いてきたんです苦しみと痛みから逃げ出したいのに現実では乗り越えるしかない極限の精神力によって耳を傾けてあげられたのかもしれません それじゃ思う存分「苦しい」も「痛い」もいっぱい言ってやる!そんな気持ちでした実際夜通し言ってました笑 自分の側に居てあげられた与えることが出来たことに未完了の感情を抱えたままの子どもの自分とそして大人になった自分がようやく安心出来たんですようやく折り合いをつけてひとつになりました 苦しかったら「苦しいよ!」って言ってもいい痛いなら「めっちゃ痛いんですけど!」って言ってもいい唯一の自分が聞いてあげられなくて誰が耳を傾けると言うの? てんこ盛りじゃん!と言うくらい私はインナーチャイルドを抱えています手放したものも在れば未だとらわれているものも在ります インナーチャイルドは何パターンも在りしかも重複していることが多いです 自らインナーチャイルドセラピーによって私は重複していることを認識しているのですが 認識しているとは言え自分自身が受け入れ認めてあげるまでは自分に影響を与え続けることになります 受け入れようとしても思い癖というのがありますから簡単ではないのかもしれません これ誰のせいでもないのですね^^良いも悪いもありません 気づいた自分がただただ受け止めるんです終わらせるんです ところで発熱当初解熱作用に期待出来るユーカリを試しましたが 今日の今日まで小瓶が枕元に放置状態 香りが受け入れられませんでした^^; こもった熱は「怒り」の感情だったのでしょうね出し切る必要がありました 浄化作用だったんですね