話すって「放す」

あっという間に
4月は駆け抜けて
もうすぐ5月

月日とか
時間とか
有って無いみたいに過ごしていましたから

これ
置いてきぼりくっているのか
全速力で走っているのか

わからなくなります

どんどん当たり前になっていましたから
考える余裕
ありませんでしたが

こうして
気持ちを文字に起こしてみると
「いつ落ち着くの?」
とやっぱり考えちゃいます

「早く落ち着いておくれ!」
という切なる願いは否めません

新しい環境を迎えて
落ち着かずにいるのは
大人のみならず
子どもたちも同じで

特に
3、4年生の女の子の心の不安定さを感じる
この1ヶ月

しっかりしている子ほど
そう見受けられます

甘えたい気持ちを
どこへ落とし込めばよいのか

何気ない会話に隠された本音を
見逃さずにはいられません

話すって「放す」ですから^^
少しでも心が軽くなることを願っています

魂が真実に触れると涙がこぼれる

季節の中で
春が大好きです

お日さまの香りとか
土や植物の香りとか
と言うか・・香りフェチでしょ笑


春生まれではありませんが
名前の一部に「はる」がついており
春生まれではないからこそ
「春」という漢字を控えたのでしょうか?・・
何故だか最もらしい由来は曖昧に濁されています
・・濁す必要あるかしら笑

子どもの頃
自分の名前を書くとき
敢えて「春」の字を使っていました

小学校に入学したての頃
買ってもらったばかりの筆箱に
油性ペンで「春」の字を書いたのは
簡単に消えないことを知っていたから・・
何とまあ大胆なっ

「あなたの名前はこの字を使わないのよ。」
そう諭されても
教科書や答案用紙にも書き続けましたが
拘り続けた理由は
当の本人にも分かりません笑


拘りはたくさんあった子でしたが
何がなんでも信じ続けたことがありました

まだ小学校に上がる前
物心ついた頃です
「私は双子なんだ。」
そう信じて疑わず相棒を探していたことです

生き別れの双子のきょうだいがいた訳ではありませんよ^^;
“知っている”という感覚を信じていました

探しても探しても何処にも居なくて
仕方がないので
妹を双子に仕立ててみましたが
「偽物だ。」と諦めるんです
それでも諦めきれなくて
何度も妹に身代わりになってもらいましたが・・
妹にしてみれば迷惑な話ですね笑

お隣に住んでいた幼馴染の女の子にも
双子になってもらいました
幼馴染はこの「ごっこ遊び」が気に入っていた様子でしたが
私は「ごっこ」ではありませんでしたから正直しっくり来ず
誘っておきながら「まだ妹の方がいい。」と思っちゃったりして
ほんと失礼な私で「ごめんなさい」ですよね汗

究極は
地面を歩く虫を見つけて双子にしたことです
てんとう虫に遭遇した日は
いつにも増して胸が高鳴りました
手に握りしめてブランコにも乗りました
当時は建物が低く虹がよく見えたんですが
「相棒」を握りしめて虹を追いかけたこともあります

弱っていく虫に気づいて
草むらに逃がすことにしましたが
「やっぱり違った。」
と悲しくなったことを覚えています

幼いとき程
魂の記憶は鮮明です
「約束」を忘れてはいませんでした

約束通り
会えると信じていました

なのに
何処にも居ない

だから探したんです

純粋に
会いたいから
会えるのを楽しみにしていたんです

けれど
成長と共に
たくさんの情報に上書きされ
すっかり埋もれてしまって
双子の相棒探しを忘れてしまいました

ところで

私は虫が大の苦手で

あの頃よくぞ
虫を握りしめて遊べたなあと
思い出してもバクバクしちゃいます汗

「相棒のせいで虫嫌いになったのよっ!」
とは言いませんが笑

子どもは純粋ですが
残酷でもあります
これって罪悪感かもしれません

真実に繋がる
大切な記憶

私は
覚えていたんですね

そして
これを綴りながら
涙がこぼれてしまいそうなのです

点と点が結ばれて
魂が喜んでいる涙だということを
知っています

望みを叶える在り方

今月は夕方少し前からの勤務が多く
今日もゆっくり過ごしています

英気を養っている・・と言いましょうか笑


家族の半数が
新しい生活が始まりました

そこで
家事は役割分担することに

みんなが大人になると
どこかシェアハウスみたいです

夫婦であっても
親子であっても
適度な距離感が保てるようになって

協力し合いますが
干渉することはなく

けれど共有スペースは
居心地の好い環境作りを目指しています
インテリアに関して言えば
私の趣味です^^

同じ家に居ながら
その日その日の生活スタイルによっては
たまに会わない日もあるんですが

「みんなが揃わなくちゃ、ダメ。」
という観念に縛られなくなりました

誰もが
いつでも
自由になれる「緩み」があります

これまでは
「ひとりになる=自由」だったかもしれません

これからは
「望みを叶える在り方」が自由に繋がるのでしょうね

唯一許したかった存在

新年度がスタートしました

春休み中は
怒涛の数日間を過ごしましたが

これからの生活に慣れるまでは
目の回る毎日が続きそう

色々な意味で流れが整うことを願って
今はその瞬間に向き合う日々です


最近子ども達に
「先生厳しくなった。」と言われることがあって

そうかな・・と思い返せば
確かにそうだわ・・と
納得なんです

「この人には怒られることはない。」
「何をしても大丈夫。」
そう思われていたのを知っていました

今に限らず
これまでの人との関わりもそうだったと思います

根底には
「嫌われたくない。」
という「孤独」を恐れる感情が見え隠れしていたにも関わらず
見て見ぬ振りしていたんです

「何故私は自分を表現出来ないんだろ。」
「私が私じゃないみたい。こんなの私じゃない。」

そう思うのは当然と言えば当然ですよね
だって
本来の自分に蓋をして
別の人格を演じていたようなものですもの

いい人のフリは
疲れます笑

ところが
インナーチャイルドと向き合い
自分軸を生き始めると
「伝える必要があるから伝える」が
出来るようになって

先日の記事にも書いたような
『「自分」が何処にもいない』という
宙ぶらりんな感覚が消えたんです

この変化と共に
これまでの状況も変わって行くのだろうなと
感じてはいましたが

そんな私を感じ取って
いつも側に居たのに離れて行った子がいます

「この人には怒られることはない。」
「何をしても大丈夫。」
私がそう思わせてしまった子達です

私はこの子達に教えられたんですね
「変化すると状況は変わる。」
「変わろうと意識したら、いつでも変われる。」
ということを

子どもから伝えられる
言葉のないメッセージは
大人から言葉で伝えられるより
ダイレクトです

先に書いた
恐れの感情に対して『見て見ぬ振りしていた』ですが・・
フッと記憶がよみがえり
今気づいたことがあります

以前の職場での現状を
見て見ぬ振りすることが出来ず
公的機関に投書したことがありました

今だから理解できます
あの現状は
私自身の心に起こっていたことそのものでした

あの場に居たどの人も「自分」だったんです

あの人は「あの時」の自分・・
この人は「もっと以前」の自分・・
魂の経験値によって記憶に在る全ての「自分」という認識で
「自分」を感じるのです


自分が自分を「見て見ぬ振りしていた」

自分を大切に出来ない「自分」に
怒りを覚えていたのですよね

そうして
頑なに拒絶しながらも
唯一許したかった存在

それは
「自分」でした

真実を生きると「個」が強調される

突然ですが

エッセンシャルオイルの「パイン」は
パイナップルではありません

「松」です^^

パインを初めて購入しようと決めたとき
パイナップルだと疑いもしなかったのは
何を隠そう私です笑

清々しい香りのパインは
呼吸器系に心地好く
心もリフレッシュしてくれるので
私は朝晩
芳香浴を楽しんでいます


表現する自由を奪っていたのは
自分自身だった・・
そう気づいたのは
数年前のことです

諭してくれる人がいましたが
「私に自由は無理だ。」
そう諦めていました

「あなたこそ不自由な渦の中から抜け出せずにいるんじゃない?」
そう感じたのは
私自身を映し出していたに他なりません

私が自分に与えられなかったのは
自己を表現する自由
自分軸を生きること

本来
自分の望みを与えられるのは
自分だけです


2月から3月は
それはそれは重たいエネルギーに押し潰されそうでした

このようなエネルギーに対して
様々な兼ね合いがあっての影響を
敏感なかたは感じていたかもしれません

私ももれなく
影響を受けていた1人でしたが

この重たいエネルギー
軽やかな「風の時代」には
纏ってはゆけません

ここを突破するべく
「必ず超えよう。」
そう決めて

選択を繰り返し
「今」ここに在ります

私にとって何層にも纏った重たいエネルギーとは
これまでに何度も向き合ってきた課題です

根底には
「誰かのためにならなければならない。」
「何かのためにそうしなければならない。」

他者から必要とされることに
自分の存在価値を見出し
これに縛られていました
自分が自分を縛っていたんですね

〜ねばならない思考・・

周波数
意識のズレを感じながらも
周囲や環境に無理に合わせては
最もらしい理由を並べて
一歩も動けない自分を作り上げていたんです

心と体
そして魂があべこべなのですから
それはもう疲れちゃいます

どちらかと言えば
人間関係に恵まれていましたが
どんなに周りに人がいても
賑やかで楽しい空間に居たとしても
「自分」がどこにもいないんです

得体の知れない孤独に襲われるほどの恐怖を
いつも味わっていました

周りの期待に応えられなくとも
どんなに反対されようとも

何かに抗っていようとも
それでもやっぱりどうしても譲れない

消し去ることなど出来ず
求めてやまない想いとは

自分にとっての「真実」なのでしょうね

新しい世界で
自分の「真実」を生きるとは
これまでの自分を脱皮して
生まれ変わるようなことかもしれません

自分軸を生きようと意識したときから
苦しむことがなくなります
傷つくことがなくなります

他人軸に振り回されることがなくなるからです

そして
自分軸が定着すると
ようやく周りを見渡すことが出来るようになります

真実に生きると「個」が強調されますが
孤独ではありません

人の感情やエネルギーに敏感で
周波数を感じ取っては
影響を受けてしまいやすく
「何だったら主張しない方がまるく収まるのかな。」
と自分を抑えては心が疲弊・・

と言うのは
以前の私ですが^^;

「パイン」というエッセンシャルオイルがもつエネルギーは
自己肯定感
自己表現
自分らしさをもって
コミュニケーション能力へと繋げてくれます

更に「境界線」をもって主張することの大切さを
「パイン」は気づかせてくれます

ブログを書くときは
まさにパインが必須アイテムの私です^^