試練とサインによる道しるべ

「役割とか使命って、一体なに?」

この計画において
初めて投げ出したい衝動に駆られたのは
心身ともにダメージを受けたときでした

正確には
2回目のコロナワクチンの副反応があまりにも重くて
高熱と倦怠感で寝込んでしまい
日常生活がままならなかった10日余りの出来事

物理的には
何不自由なく生きる道を
今許されています

「このままで在って何か問題がある?」
「頑張らなくたっていいじゃん!」

このような思考回路に逃げ込みたいほどに
自分が弱っていることをも理解しながら

もう意味がわからないのです
高熱のせいもあったかもしれません
うなされていたほどでしたから

ですが

「いえいえ。
そちらの道ではありませんよ。」
と言わんばかりに
敢えてそれはハッキリと
まるで確認させるかのように現れて
何度も軌道修正を掛けるんです

これは
子どもの頃から
直感を信じて生きてきた私にとって
目には見えない道しるべ
日常的にごく自然なことでした

どちらかと言えば
いつにも増して
鮮明に浮き彫りとなるにも関わらず
意識は朦朧としており
濁りの渦の中心へと飲まれてゆくよう・・

このチグハグな感じは何なのだろ
意識と肉体が引き裂かれてしまいそう

熱のせいなのかな・・
心も体もすごく苦しい

中途半端な世界に浮遊しているのか
それとも
もう何も見えない暗闇まで落ちてしまったのか

半ば投げやりだったと思うんです

「もうどうでもいいや。」
「答えを見つけようとするだけ無駄。」
そう思考が停止したその先に

「誰かのために生きている訳じゃない」
これが濁りの原因と答え

降りてきたメッセージでした

「誰かのために生きなければ、存在価値がない。」
私は今も尚これに囚われているんだ・・

私の目的は
「自分のために生きる」
それが役割と使命に結びついてゆくんだった

当たり前であろうこの在り方を
難しくしているのは
自分であり

けれど
模索する「私」は
渦に飲まれながらも
求めている

すべては
自分を生きたくて

………………………………………

この経験を振り返って

忘れた頃にやってくる「試練」の波は
乗りこなせるようになったとは言え
最近のは強烈で
まるで大型台風並みの勢力です

気づきは
役割や使命に繫がるものが多くなりました
「それほどに急かされている」
と言えばそうかもしれません

たぶん私は
この期に及んで
未だのんびりと構えているのだと思う・・
そして副反応の高熱のさなか浮上した感情は
どれも本心だったはずです
わかっているのに「動けない」・・「動かない」は否めません

恐れによるパワーバランスから自由になるよう
「自分を信じてよい」
というサインを受け取りながらも
脚を踏ん張って抵抗している状態なのですから
もどかしい限りかと・・


抗うことの出来ない大きな変容のさなか
意識の「分離」から「統合」へと
時は流れています

意識に逆らって
体が乗っ取られたような副反応の症状は
これぞ分離
まさに分離・・という
三次元に生きる人間だからこその
肉体による体感でした

強烈に
統合を意識せざるを得ない経験だったことは
言うまでもありません

これまでと同じ意識の在り方では
対応出来ないことが増えてきますが

そのためには
見えないものをも
あらゆる視点から
多角的に捉えることが大切になります