ふたつの光

ひとつの光は幾千の星々を旅してたくさんの経験を重ねてきました そして青い星に初めて降り立つときふたつの光に分かれることを決めていました二極性を知るには絶好の星であり更に多くの経験を重ねて魂を成長させたかったからです あれから繰り返した転生においてひとつで在った記憶は片隅から消えることはなくかけがえのないその光を求め続けます そして抗うことの出来ない強い引力に導かれて何度も何度も巡り合うのです なのに自分の弱さから試して裏切り傷つけたことがありました自信の無さから目を逸らしたことや逃げ出したことがありました 何故って信じ抜くことが何よりの恐れだったからです この物質世界では目に見えるもの形あるものばかりに重きを置き救いを求めますがいつかの壊れた欠片は見えない鋭いナイフとなってハートを突き刺すのです魂に刻まれた傷はシクシクと痛み臆病にするのです 中途半端は許されませんでした 嘘や誤魔化しが通用しないのは魂をふたつに分け合ったもうひとつの「自分」だからです 目には見えない高次の領域を共に旅する私たちにとってすべてはお見通しであるから闇へと葬った真実から目を逸らした「自分」を許せない 幻である分離のプログラムに翻弄されて許し合えなかった だからこそ魂は何度も選びました ふたつに分かれたままどんなに辛い幻想を抱こうとも巡り合うことを選ばずにはいられませんでした 対極することで自分が何者で在るのかを思い出すには究極の存在であるからです 枠を超え絶対的な絆を信じているからです

陰陽の循環

7月も半分が過ぎて仕事の関係時季的にじんわり慌ただしさを感じている今日この頃 慌ただしくも心は荒れることなく穏やかに過ごせますように… この夏の目標^^ ……………………………………………………………… 目の前にある小さな目標からクリアしてゆこうそう意識したのは昨年のこと 苦しさを伴ったとしてもそうする道を選ばずにはいられなくて背中を押されているみたいな まるで出産する女性のようにそして産道を通る赤ちゃんのよう 窮屈なステージから抜け出し眩しい光が飛び込んでくるとそこには誰のためでもなく自分に必要な課題が待っていました 産むのも生まれるのも自分在ってのこと 女性性とは「受け入れる」ですから そこに感動が待ち受けているのを知っているから そのための産みの苦しみだったのだなあ…と今は感じられます そして再び「一歩を踏み出す」繰り返し そこでサポートしてくれたのがやはりと言いましょうか精油の存在でした 惹かれる香り…と言うより受け入れられる香り…ですね^^これがどんどん増えるんです 精油とは「エッセンシャルオイル」ですが植物にとっての本質でありそれは魂です「今の自分」に共鳴する精油が自分の本質を映し出してくれます 魂と魂の向き合いに嘘や誤魔化しは通用しません すべては表裏一体プラスの面を見せられることもあれば過剰であるから抑える必要があったり補う必要があるマイナス面を見せられることもあります 人間は日々進化します後退することがあってもいいんですそんな変化の最中意識の持ち方とか精神状態今に在る魂のステージまで見せられます 「見せられる」とは言っても香りは目には見えません^^ 現実に見える聞こえる触れられるわけではありません 深い領域によるコミュニケーションです セラピストとして「精神世界」にとっぷりと浸かってしまうとふわふわと宙に浮きっぱなしになってしまう・・幼い頃からその傾向が強い私ですが 組織に属する今の仕事「現実世界」では地に足を着けて成長する子ども達を見守りながら人と関わる喜び制作を通して物質を新たな形にする喜びを感じています 実は人間が抱く感情をジャッジしていた頃がありました嫉妬や執着怒りを悪しきものと捉えドロドロとした感情を抱く自分を排除したかったんです ではその感情をなぜに抱くのかを見つめてみたら根底には「真実」が眠っていました「だって私は人間だもの。」「女だもの。」「愛しているから。」 そして目的を思い出したんです「感情を体験したくて地球に生きることを選択した。」すると心がとっても軽くなったのを覚えています いいんです・・ドロドロな私であっても受け止められる「自分」が今はここに在るのですもの 現実世界に生きる自分にようやく許可を出せた・・というお話です^^ 精神世界と現実世界 これらは天地のエネルギー男性性女性性のバランス 結果陰陽の循環に繋がります ソウルワークとライフワーク両立するスタイルを確立し彩り豊かな自分色を表現することが今のそしてこれからの目標です

共鳴

札幌の春は強風の日が多くて 乱れそうになる気持ちを振り切ってずんずん逆風に立ち向かって歩きます 目的地に着いた頃には髪はぐちゃぐちゃで ぐちゃぐちゃになった髪を敢えてクシャクシャっとパラパラさせて整えられるところ気に入っていますが 強風はやっぱり苦手ぽかぽか陽気が恋しい …………………………………………………………………… 「これでよかったの?」とか「どう思ったの?」とか想いがぐるぐる巡って身動きが取れないのは決まって他人軸で生きている時 ぐるぐるの中心へと深く深く沈んでゆきながら暗い海底に足が着きそうになった瞬間その答えを「ぽんっ!」と受け取ることがあるんです 沈んでゆく時潜在的に「求める」のだと思います「呼ぶ」のかもしれません そしていつも助けられている これが結構な確率で起こることに気づいた頃実は怖くなったんですが・・ いつしか「信じてみようかな」が「信じる」になったんです 「ぽんっ!」というのがその時の私にわかりやすく教えてくれますがある時からその大半が歌詞にありました それは決まって初めて聴く曲で 知りたかった情報が詰まっているんですまるっと丸ごとだったりする時もあります 一瞬時が止まるのは驚きもあるけれど「ピンポイント」に怖くなるからで コレハッ!として心臓が止まりそうになりますから相変わらず慣れませんが笑 「あ。きた!」そう・・これが直感なのですね そして 挫けそうになって諦めようとしていたのに 糸口を見つけられて励まされ勇気が湧くんです 「何を迷っているの?」と優しく背中を押されます 揺らいでいた自分軸に戻り再びその先に在る光を目指すんです 腑に落ちます ああ・・また助けてもらいました 現実世界を具現化するのは意識の世界ですイメージを求めて創り上げてきた どちらも必要でありバランスなのですね メッセージやある種のテレパシーとは 複雑にしません遠回りしません思考を働かせる余裕など与えないんです ダイレクトにハートに共鳴します これ魂の本質なのですよね 人間ですから時に迷って立ち止まりますかっこわるくて人には見られたくない姿かもしれません ですが弱さを認めるのは自分にとってとても大切なことだと感じるんです 突破口になるからです 本質を生きようそう意識するならば 何ものにも譲れない大切にあたためている道標をこの先も見失うことは無いのでしょうね 自分を信じて今を歩いてゆけます そう生きられたなら全う出来たならこの世を卒業する時きっと私は幸せ

話すって「放す」

あっという間に4月は駆け抜けてもうすぐ5月 月日とか時間とか有って無いみたいに過ごしていましたから これ置いてきぼりくっているのか全速力で走っているのか わからなくなります どんどん当たり前になっていましたから考える余裕ありませんでしたが こうして気持ちを文字に起こしてみると「いつ落ち着くの?」とやっぱり考えちゃいます 「早く落ち着いておくれ!」という切なる願いは否めません 新しい環境を迎えて落ち着かずにいるのは大人のみならず子どもたちも同じで 特に3、4年生の女の子の心の不安定さを感じるこの1ヶ月 しっかりしている子ほどそう見受けられます 甘えたい気持ちをどこへ落とし込めばよいのか 何気ない会話に隠された本音を見逃さずにはいられません 話すって「放す」ですから^^少しでも心が軽くなることを願っています

魂が真実に触れると涙がこぼれる

季節の中で春が大好きです お日さまの香りとか土や植物の香りとかと言うか・・香りフェチでしょ笑 春生まれではありませんが名前の一部に「はる」がついており春生まれではないからこそ「春」という漢字を控えたのでしょうか?・・何故だか最もらしい由来は曖昧に濁されています・・濁す必要あるかしら笑 子どもの頃自分の名前を書くとき敢えて「春」の字を使っていました 小学校に入学したての頃買ってもらったばかりの筆箱に油性ペンで「春」の字を書いたのは簡単に消えないことを知っていたから・・何とまあ大胆なっ 「あなたの名前はこの字を使わないのよ。」そう諭されても教科書や答案用紙にも書き続けましたが拘り続けた理由は当の本人にも分かりません笑 拘りはたくさんあった子でしたが何がなんでも信じ続けたことがありました まだ小学校に上がる前物心ついた頃です「私は双子なんだ。」そう信じて疑わず相棒を探していたことです 生き別れの双子のきょうだいがいた訳ではありませんよ^^;“知っている”という感覚を信じていました 探しても探しても何処にも居なくて仕方がないので妹を双子に仕立ててみましたが「偽物だ。」と諦めるんですそれでも諦めきれなくて何度も妹に身代わりになってもらいましたが・・妹にしてみれば迷惑な話ですね笑 お隣に住んでいた幼馴染の女の子にも双子になってもらいました幼馴染はこの「ごっこ遊び」が気に入っていた様子でしたが私は「ごっこ」ではありませんでしたから正直しっくり来ず誘っておきながら「まだ妹の方がいい。」と思っちゃったりしてほんと失礼な私で「ごめんなさい」ですよね汗 究極は地面を歩く虫を見つけて双子にしたことですてんとう虫に遭遇した日はいつにも増して胸が高鳴りました手に握りしめてブランコにも乗りました当時は建物が低く虹がよく見えたんですが「相棒」を握りしめて虹を追いかけたこともあります 弱っていく虫に気づいて草むらに逃がすことにしましたが「やっぱり違った。」と悲しくなったことを覚えています 幼いとき程魂の記憶は鮮明です「約束」を忘れてはいませんでした 約束通り会えると信じていました なのに何処にも居ない だから探したんです 純粋に会いたいから会えるのを楽しみにしていたんです けれど成長と共にたくさんの情報に上書きされすっかり埋もれてしまって双子の相棒探しを忘れてしまいました …………………………………………………………………… ところで 私は虫が大の苦手で あの頃よくぞ虫を握りしめて遊べたなあと思い出してもバクバクしちゃいます汗 「相棒のせいで虫嫌いになったのよっ!」とは言いませんが笑 子どもは純粋ですが残酷でもありますこれって罪悪感かもしれません 真実に繋がる大切な記憶 私は覚えていたんですね そしてこれを綴りながら涙がこぼれてしまいそうなのです 点と点が結ばれて魂が喜んでいる涙だということを知っています