霊性開花のステージ

日曜日の今朝は
優しい雨音に心地好く目覚めました

洗剤と柔軟剤を
お気に入りの香りに変えたばかりでしたから
この香りに包まれたベッドから
なかなか抜け出せませんでした

………………………………………………………………

古いエネルギーを払拭し
穏やかなエネルギーに包まれた頃

これからの道を指し示す光に辿り着きました

求めるものが無い時ほど
これ以上に無いほどの情報を受け取れるものなのですね

とは言っても
ここは最後の下準備が必要でした
そんなつもりはありませんでしたが
日々地固めの真っ只中だったんです

確実に進んでいました

心の静けさと余裕を持って
ゆっくりゆっくりと
螺旋を描くように上昇し
これまでの過程を昇華しながら辿り着く

そんなストーリーが
もう出来上がっていたことを
今私は知るんです

「世の中に還元してゆく」

この道筋は
選択するまでもなく

魂は
もう決めていたようです

還る旅の途中

ゴールデンウィークの最終日は
久しぶりに子ども達に会うのが楽しみで
楽しみで

このワクワク感
仕事であってそうじゃないみたいな

会ってみたら
嬉しくて仕方なくて
マスクの下では笑みが絶えませんでした

もうはちゃめちゃで
大騒ぎで
ちょっぴり生意気な言葉なんかも飛び交って
気が気じゃ無いんですが

可愛いのです

自分にとっての
「居場所」のひとつなんだなって
感じました

ブログを綴り始めたのは
19年前でした

当初は
「誰かに理解してもらいたい」
そんな気持ちが大きく占めていました

自分が自分を認められないから
他人に求める

認めて欲しいという承認欲求でした

いつしか
「自分自身に語る」
「自分を理解したい」という視点に変わったのは
記事を綴り終えた後には必ず気づきがあったからです

「求めるのは自分」
「認めるのは自分」という気づきでした

……………………………………………………………………

その時々の「世界観」の中心に身を置いて
感じたことを綴るのがとても好きで
その都度自分と向き合い
嘘をつかず正直に
自分らしさを取り戻していた気がします

「取り戻す」とは
本来の姿である魂の本質です

3次元では
もうすっかり忘れてしまった魂の記憶は
「振り返る」のではなく
「還る」のだと気づいたのは
数年前のこと

本質に還るこの過程の主人公は「私」で
何もかもを知っているハイヤーセルフが
「還る旅」というゲームの
コントローラーを握っているかのよう

ハイヤーセルフである「自分」は俯瞰して見守り
ローアーセルフである「私」は魂が望む選択を具現化させる

つまりは
誰しも主人公なんですね^^

そして実のところ
目の前に登場する「誰か」も
自分であったりするんです
「私」を映す「自分」です

源へと近づくにつれて
魂の純度は増し
生きやすくなります

「3次元に生きている以上思い通りに進まない。」・・
これって思い込みに他なりません

いかにして乗り越えてゆくかが
醍醐味なのでしょうね^^

ハイヤーセルフは高次の自己であり
ローアーセルフは3次元に生きる私であり
どちらも自分であるのですが
意識のコントロールが成されるほどに
調和が取れて
自分軸が確立し
自己統合へと繋がります

この3次元で自分軸確立を目指しているからこそ
魂の記憶を忘れていると言っても過言ではありません

私の「還る旅」はもう暫く続きそう
更なる選択肢がイメージ出来るからです

どこまでも優しくて
時に厳しくも見守られている

この星に生きる私たちは
幸せなんですね

共鳴

札幌の春は
強風の日が多くて

乱れそうになる気持ちを振り切って
ずんずん逆風に立ち向かって歩きます

目的地に着いた頃には
髪はぐちゃぐちゃで

ぐちゃぐちゃになった髪を
敢えてクシャクシャっとパラパラさせて
整えられるところ気に入っていますが

強風はやっぱり苦手
ぽかぽか陽気が恋しい

「これでよかったの?」
とか
「どう思ったの?」
とか
想いがぐるぐる巡って身動きが取れないのは
決まって他人軸で生きている時

ぐるぐるの中心へと
深く深く沈んでゆきながら
暗い海底に足が着きそうになった瞬間
その答えを
「ぽんっ!」
と受け取ることがあるんです

沈んでゆく時
潜在的に
「求める」のだと思います
「呼ぶ」のかもしれません

そして
いつも助けられている

これが
結構な確率で起こることに気づいた頃
実は怖くなったんですが・・

いつしか
「信じてみようかな」が
「信じる」になったんです

「ぽんっ!」というのが
その時の私にわかりやすく教えてくれますが
ある時から
その大半が歌詞にありました

それは決まって
初めて聴く曲で

知りたかった情報が詰まっているんです
まるっと丸ごとだったりする時もあります

一瞬時が止まるのは
驚きもあるけれど
「ピンポイント」に怖くなるからで

コレ
ハッ!として
心臓が止まりそうになりますから
相変わらず慣れませんが笑

「あ。きた!」
そう・・これが直感なのですね

そして

挫けそうになって
諦めようとしていたのに

糸口を見つけられて
励まされ
勇気が湧くんです

「何を迷っているの?」
と優しく背中を押されます

揺らいでいた自分軸に戻り
再びその先に在る光を目指すんです

腑に落ちます

ああ・・
また助けてもらいました

現実世界を具現化するのは
意識の世界です
イメージを求めて
創り上げてきた

どちらも必要であり
バランスなのですね

メッセージや
ある種のテレパシーとは

複雑にしません
遠回りしません
思考を働かせる余裕など与えないんです

ダイレクトに
ハートに共鳴します

これ
魂の本質なのですよね

人間ですから
時に迷って
立ち止まります
かっこわるくて
人には見られたくない姿かもしれません

ですが
弱さを認めるのは
自分にとって
とても大切なことだと感じるんです

突破口になるからです

本質を生きよう
そう意識するならば

何ものにも譲れない
大切にあたためている道標を
この先も
見失うことは無いのでしょうね

自分を信じて
今を歩いてゆけます

そう生きられたなら
全う出来たなら
この世を卒業する時
きっと私は幸せ

魂が真実に触れると涙がこぼれる

季節の中で
春が大好きです

お日さまの香りとか
土や植物の香りとか
と言うか・・香りフェチでしょ笑


春生まれではありませんが
名前の一部に「はる」がついており
春生まれではないからこそ
「春」という漢字を控えたのでしょうか?・・
何故だか最もらしい由来は曖昧に濁されています
・・濁す必要あるかしら笑

子どもの頃
自分の名前を書くとき
敢えて「春」の字を使っていました

小学校に入学したての頃
買ってもらったばかりの筆箱に
油性ペンで「春」の字を書いたのは
簡単に消えないことを知っていたから・・
何とまあ大胆なっ

「あなたの名前はこの字を使わないのよ。」
そう諭されても
教科書や答案用紙にも書き続けましたが
拘り続けた理由は
当の本人にも分かりません笑


拘りはたくさんあった子でしたが
何がなんでも信じ続けたことがありました

まだ小学校に上がる前
物心ついた頃です
「私は双子なんだ。」
そう信じて疑わず相棒を探していたことです

生き別れの双子のきょうだいがいた訳ではありませんよ^^;
“知っている”という感覚を信じていました

探しても探しても何処にも居なくて
仕方がないので
妹を双子に仕立ててみましたが
「偽物だ。」と諦めるんです
それでも諦めきれなくて
何度も妹に身代わりになってもらいましたが・・
妹にしてみれば迷惑な話ですね笑

お隣に住んでいた幼馴染の女の子にも
双子になってもらいました
幼馴染はこの「ごっこ遊び」が気に入っていた様子でしたが
私は「ごっこ」ではありませんでしたから正直しっくり来ず
誘っておきながら「まだ妹の方がいい。」と思っちゃったりして
ほんと失礼な私で「ごめんなさい」ですよね汗

究極は
地面を歩く虫を見つけて双子にしたことです
てんとう虫に遭遇した日は
いつにも増して胸が高鳴りました
手に握りしめてブランコにも乗りました
当時は建物が低く虹がよく見えたんですが
「相棒」を握りしめて虹を追いかけたこともあります

弱っていく虫に気づいて
草むらに逃がすことにしましたが
「やっぱり違った。」
と悲しくなったことを覚えています

幼いとき程
魂の記憶は鮮明です
「約束」を忘れてはいませんでした

約束通り
会えると信じていました

なのに
何処にも居ない

だから探したんです

純粋に
会いたいから
会えるのを楽しみにしていたんです

けれど
成長と共に
たくさんの情報に上書きされ
すっかり埋もれてしまって
双子の相棒探しを忘れてしまいました

ところで

私は虫が大の苦手で

あの頃よくぞ
虫を握りしめて遊べたなあと
思い出してもバクバクしちゃいます汗

「相棒のせいで虫嫌いになったのよっ!」
とは言いませんが笑

子どもは純粋ですが
残酷でもあります
これって罪悪感かもしれません

真実に繋がる
大切な記憶

私は
覚えていたんですね

そして
これを綴りながら
涙がこぼれてしまいそうなのです

点と点が結ばれて
魂が喜んでいる涙だということを
知っています

望みを叶える在り方

今月は夕方少し前からの勤務が多く
今日もゆっくり過ごしています

英気を養っている・・と言いましょうか笑


家族の半数が
新しい生活が始まりました

そこで
家事は役割分担することに

みんなが大人になると
どこかシェアハウスみたいです

夫婦であっても
親子であっても
適度な距離感が保てるようになって

協力し合いますが
干渉することはなく

けれど共有スペースは
居心地の好い環境作りを目指しています
インテリアに関して言えば
私の趣味です^^

同じ家に居ながら
その日その日の生活スタイルによっては
たまに会わない日もあるんですが

「みんなが揃わなくちゃ、ダメ。」
という観念に縛られなくなりました

誰もが
いつでも
自由になれる「緩み」があります

これまでは
「ひとりになる=自由」だったかもしれません

これからは
「望みを叶える在り方」が自由に繋がるのでしょうね

唯一許したかった存在

新年度がスタートしました

春休み中は
怒涛の数日間を過ごしましたが

これからの生活に慣れるまでは
目の回る毎日が続きそう

色々な意味で流れが整うことを願って
今はその瞬間に向き合う日々です


最近子ども達に
「先生厳しくなった。」と言われることがあって

そうかな・・と思い返せば
確かにそうだわ・・と
納得なんです

「この人には怒られることはない。」
「何をしても大丈夫。」
そう思われていたのを知っていました

今に限らず
これまでの人との関わりもそうだったと思います

根底には
「嫌われたくない。」
という「孤独」を恐れる感情が見え隠れしていたにも関わらず
見て見ぬ振りしていたんです

「何故私は自分を表現出来ないんだろ。」
「私が私じゃないみたい。こんなの私じゃない。」

そう思うのは当然と言えば当然ですよね
だって
本来の自分に蓋をして
別の人格を演じていたようなものですもの

いい人のフリは
疲れます笑

ところが
インナーチャイルドと向き合い
自分軸を生き始めると
「伝える必要があるから伝える」が
出来るようになって

先日の記事にも書いたような
『「自分」が何処にもいない』という
宙ぶらりんな感覚が消えたんです

この変化と共に
これまでの状況も変わって行くのだろうなと
感じてはいましたが

そんな私を感じ取って
いつも側に居たのに離れて行った子がいます

「この人には怒られることはない。」
「何をしても大丈夫。」
私がそう思わせてしまった子達です

私はこの子達に教えられたんですね
「変化すると状況は変わる。」
「変わろうと意識したら、いつでも変われる。」
ということを

子どもから伝えられる
言葉のないメッセージは
大人から言葉で伝えられるより
ダイレクトです

先に書いた
恐れの感情に対して『見て見ぬ振りしていた』ですが・・
フッと記憶がよみがえり
今気づいたことがあります

以前の職場での現状を
見て見ぬ振りすることが出来ず
公的機関に投書したことがありました

今だから理解できます
あの現状は
私自身の心に起こっていたことそのものでした

あの場に居たどの人も「自分」だったんです

あの人は「あの時」の自分・・
この人は「もっと以前」の自分・・
魂の経験値によって記憶に在る全ての「自分」という認識で
「自分」を感じるのです


自分が自分を「見て見ぬ振りしていた」

自分を大切に出来ない「自分」に
怒りを覚えていたのですよね

そうして
頑なに拒絶しながらも
唯一許したかった存在

それは
「自分」でした

真実を生きると「個」が強調される

突然ですが

エッセンシャルオイルの「パイン」は
パイナップルではありません

「松」です^^

パインを初めて購入しようと決めたとき
パイナップルだと疑いもしなかったのは
何を隠そう私です笑

清々しい香りのパインは
呼吸器系に心地好く
心もリフレッシュしてくれるので
私は朝晩
芳香浴を楽しんでいます


表現する自由を奪っていたのは
自分自身だった・・
そう気づいたのは
数年前のことです

諭してくれる人がいましたが
「私に自由は無理だ。」
そう諦めていました

「あなたこそ不自由な渦の中から抜け出せずにいるんじゃない?」
そう感じたのは
私自身を映し出していたに他なりません

私が自分に与えられなかったのは
自己を表現する自由
自分軸を生きること

本来
自分の望みを与えられるのは
自分だけです


2月から3月は
それはそれは重たいエネルギーに押し潰されそうでした

このようなエネルギーに対して
様々な兼ね合いがあっての影響を
敏感なかたは感じていたかもしれません

私ももれなく
影響を受けていた1人でしたが

この重たいエネルギー
軽やかな「風の時代」には
纏ってはゆけません

ここを突破するべく
「必ず超えよう。」
そう決めて

選択を繰り返し
「今」ここに在ります

私にとって何層にも纏った重たいエネルギーとは
これまでに何度も向き合ってきた課題です

根底には
「誰かのためにならなければならない。」
「何かのためにそうしなければならない。」

他者から必要とされることに
自分の存在価値を見出し
これに縛られていました
自分が自分を縛っていたんですね

〜ねばならない思考・・

周波数
意識のズレを感じながらも
周囲や環境に無理に合わせては
最もらしい理由を並べて
一歩も動けない自分を作り上げていたんです

心と体
そして魂があべこべなのですから
それはもう疲れちゃいます

どちらかと言えば
人間関係に恵まれていましたが
どんなに周りに人がいても
賑やかで楽しい空間に居たとしても
「自分」がどこにもいないんです

得体の知れない孤独に襲われるほどの恐怖を
いつも味わっていました

周りの期待に応えられなくとも
どんなに反対されようとも

何かに抗っていようとも
それでもやっぱりどうしても譲れない

消し去ることなど出来ず
求めてやまない想いとは

自分にとっての「真実」なのでしょうね

新しい世界で
自分の「真実」を生きるとは
これまでの自分を脱皮して
生まれ変わるようなことかもしれません

自分軸を生きようと意識したときから
苦しむことがなくなります
傷つくことがなくなります

他人軸に振り回されることがなくなるからです

そして
自分軸が定着すると
ようやく周りを見渡すことが出来るようになります

真実に生きると「個」が強調されますが
孤独ではありません

人の感情やエネルギーに敏感で
周波数を感じ取っては
影響を受けてしまいやすく
「何だったら主張しない方がまるく収まるのかな。」
と自分を抑えては心が疲弊・・

と言うのは
以前の私ですが^^;

「パイン」というエッセンシャルオイルがもつエネルギーは
自己肯定感
自己表現
自分らしさをもって
コミュニケーション能力へと繋げてくれます

更に「境界線」をもって主張することの大切さを
「パイン」は気づかせてくれます

ブログを書くときは
まさにパインが必須アイテムの私です^^

自分が自分を幸せにする力

エッセンシャルオイルの香りには
さまざまな物語があります

植物に関わる歴史は古代にまで遡りますが
この自然療法は
人々の身近にあり
親しまれ
愛されてきました

関わり方は十人十色
多岐に渡ります

植物本来の姿や抽出部位から連想させる
グラウンディングやセンタリングへの意識を高めたり

潜在意識に眠る本来の自分と向き合うために
自ら覆った殻を解かすヒントを与えてくれたり

クリスタルやチャクラと繋がる色と共鳴して
エネルギーのクリアリングやチャージをサポートするなど

これらは
セルフヒーリングやセッションなどに活用する
私が好きな自己表現の一部分でもあります^^

その時に必要だと感じて
手にしたエッセンシャルオイルが
気づきを齎らし
導いてくれることがあります

例えば
香りを嗅ぐ以前の段階になりますが

ムエットに一滴垂らそうとして
一気に数滴
滴り落ちてしまうことがあります

そんな時は
「よっぽど今の私に必要なんだな・・」
「精油が教えてくれたのだな。」
そう感じるんです^^

「もったいない。」より
「必要なんだ。」
そう捉えるようになった頃から
自分が満たされてゆくのを
感じられるようになりました

顕著にあらわれたのは「ネロリ」でしょうか

その頃は
インナーチャイルドセラピーについての学びのピーク時でした

心理療法の学びは
自分癒しに繋がります
学びながらとことん向き合わされ
心の傷口が剥き出しになり
シクシク痛むんですが

「ネロリ」は
思い込みに縛られ動けずにいる大人の自分と
何ものにも囚われることのない自由で純粋な自分が同居しているのを
気づかせてくれた香りです

傷だらけになって立ち止まったままの自分と
ありのままを受け容れられる自分をサポートし
あらゆる「色」を持ち合わせた自分らしさを結びつけることで
「ひとつ」だったことを思い出させてくれます

根底にはインナーチャイルドの癒しが必要だと感じていたので
どんな自分も赦すことに意識するよう
促されていたんですね


いつもいつも

目には見えない香りから
インスピレーションを受け取って
ハートの海に広がるイメージを抱くんです

そうして
自分の本質(エッセンス)と
エッセンシャルオイルのエネルギーが
螺旋を描くようにひとつになるのです

極限の向こうに在る光に手を伸ばす

どれくらい以来でしょうか・・
体調不良でダウンしていました

若い頃とは違って
身体に堪えますね

普段職場で小学生と走り回っているとは言え
身体は正直です^^;

今週いっぱい
おやすみをいただきました


子どもの頃から
風邪を引いても
転んで膝小僧を擦りむいても
母に叱られました

「風邪をひいちゃいけないんだ。」
「走って転んで、怪我なんかしちゃ駄目なんだ。」

「苦しくても痛くても、我慢しなくちゃ。」

子どもは

だって我慢しなくちゃ“嫌われてしまう”
だって我慢しなくちゃ“愛してもらえない”
そう捉えてしまうんです

なんとまあ極端な!と思いますが

子どもにはグレーゾーンがありません
「0」か「100」なのです

「1」から「99」は
成長の過程で
経験を通して学んでゆきます

その学びに寄り添うのは
子どもにとって1番近くに存在する大人です


私の母は
どうして風邪をひいたら怒るのか
どうして怪我をしたら怒るのか
“どうして”の気持ちを伝えませんでした
いつも一方的な感情をぶつけていました

私は三姉妹ですが
母にとって毎日の育児は大変だったと想像出来ます

人には感情がありますから
その日その時の気分によって受け止め方にも変化があります

泣いている我が子を見たくなかったのかもしれません
これ以上手を焼かせないで!という気持ちがあったのかもしれません
仕事をしていましたから
時間にも余裕がなかったのかもしれません

これまでの家族の在り方を思い返してみれば
さまざまな想像が出来ます

それらは
自分にとっての「1」から「99」である
グレーゾーンを経験した「今だから」想像できるのです

大人になった私は理解が出来ても
子どもの頃の私は
極端に偏る“愛されていない”を信じて
「未だそこに在り続ける」のですね

これが「インナーチャイルド」という存在です

39度前後の高熱は
それはもう辛くて^^;
「私は大丈夫よ!」だなんて
家族に心配かけない余裕はひとつもありませんでした
ウーウー唸りながらベッドに潜り込むなんて経験は初めてだったんです

その辛さの向こう側には光がありました

意識が朦朧とする最中

『苦しくても「苦しい。」って言えなかったよ』…とか
『痛いのに「痛い。」って言えなかったよ』…とか
子どもの頃の不安な声が
お腹の奥のほうから響いてきたんです

苦しみと痛みから逃げ出したいのに
現実では乗り越えるしかない極限の精神力によって
耳を傾けてあげられたのかもしれません

それじゃ思う存分
「苦しい」も「痛い」もいっぱい言ってやる!
そんな気持ちでした
実際夜通し言ってました笑

自分の側に居てあげられた
与えることが出来たことに
未完了の感情を抱えたままの子どもの自分と
そして大人になった自分が
ようやく安心出来たんです
ようやく折り合いをつけてひとつになりました

苦しかったら「苦しいよ!」って言ってもいい
痛いなら「めっちゃ痛いんですけど!」って言ってもいい

唯一の自分が聞いてあげられなくて
誰が耳を傾けると言うの?


てんこ盛りじゃん!と言うくらい
私はインナーチャイルドを抱えています
手放したものも在れば
未だとらわれているものも在ります

インナーチャイルドは
何パターンも在り
しかも重複していることが多いです

自らインナーチャイルドセラピーによって
私は重複していることを認識しているのですが

認識しているとは言え
自分自身が受け入れ認めてあげるまでは
自分に影響を与え続けることになります

受け入れようとしても
思い癖というのがありますから
簡単ではないのかもしれません

これ
誰のせいでもないのですね^^
良いも悪いもありません

気づいた自分が
ただただ受け止めるんです
終わらせるんです


ところで
発熱当初
解熱作用に期待出来るユーカリを試しましたが

今日の今日まで
小瓶が枕元に放置状態

香りが受け入れられませんでした^^;

こもった熱は「怒り」の感情だったのでしょうね
出し切る必要がありました

浄化作用だったんですね

この星に生きる役割(シダーウッド アトラス)

10年程前でしょうか
シダーウッドというエッセンシャルオイルに出会いました

森林浴が大好きなので
深い森に拡がる甘い香りに惹かれたのは
必然でした


嗅覚からの情報は
脳へスピーディーに
ダイレクトに伝わりますが

香りは人によって感じ方が違うので
好き嫌いがあります

同じ香りを嗅いでも
その日その時の気分や体調によっては
受け入れられたり
受け入れられなかったりする場合があります

エッセンシャルオイルには
心身への作用がありますから
とてもわかりやすく

「今」の自分を感じられるんです

ところで
瞑想ではグラウンディングを意識する時
過剰なエネルギーやネガティブなエネルギーを
大地へ流すイメージをしますが

グラウンディングに対して
ずっと抵抗を感じていた自分が在りました

「地球にネガティブなエネルギーを流すなんて!」
「出来る訳がない!」
「地球がかわいそうだよ・・」
などと思っていたのですよ
どこから目線だったのでしょ笑

実は
至って真剣でした^^

木々や草花のように地球に根付いて生きている感覚が
私にはありませんでした

「なぜ私はここに生きているの?」
と真剣に思っていた程です

これは
自分の「声」に気づく必要があるという
地球という星からのメッセージでした

地球に対する感情は
自分を映す鏡だったんですね

無理をして頑張っていた頃の自分です・・


「地球」は母性です
女性性であり
受容です

人間を含む生きとし生けるものの
痛みや悲しみ
苦しみを受け容れては
温かく包み込み
癒してくれます
そして
光を見いだす希望を齎らしてくれます

私たちは奇跡的に生かされているんですね
日常では意識することさえありません
それ程に
守られています

そんな地球の在り方は
今を生きる私たちには
とても必要です

『誰よりも何よりも「自分」』

一見すると
自分勝手な響きに聞こえるかもしれませんが

外側に求めるのではなくて

何よりも
自分が自分を求め
受け容れることが大切です

与えられた傷を受け止め
傷口の「声」をしっかりと感じて
抱きしめてあげてください
温もりを与え
癒してあげてください

ありのままの「自分」を受け容れることは
簡単なことではないと私は感じています
「こんなに醜い私。見たくもない。直視出来ない。」
それが本音ですもの・・

本音と言う小さな「声」に耳を塞いでしまうのは
頑張っているからです
頑張り過ぎてしまったんです

頑張らなくてもよいのですよ^^

唯一のあなたが「自分」の味方になってあげてください


肩の力を抜いて「軽やかに生きる」というのは
心地好いことです
「自分」がしっかりと地に足を着けているからこそ
好奇心のままにどんなに遠くへ飛んで行っても
いつでも「自分」に戻れます

戻れる場所
還る居場所が在るからこそ
自由で在れるのですね

自由で在れるのは
信じているからです

シダーウッドは
深いふかい呼吸と共に
手放し
吸収
循環を促し
グラウンディングをサポートする
心強い味方

地球に生きる役割を思い出させてくれた
私には愛してやまない香りです

「グラウンディングが弱いな。」
「地に足を着けて生きている感じがしない。」
そう感じられる方は
『シダーウッド アトラス』の香りがおすすめです

もちろん
その時の気持ちや体調を考慮してください
無理せずにです^^